糸井嘉男 伝説
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- 体脂肪率8%の肉体からは、自らも制御しきれない程のパワーを持つ
- 性格は非常にまじめでナイーヴ
- 真面目すぎで、放っておくと朝から晩まで一人で練習を続けている。
- ダルビッシュに「理想の身体」と羨ましがられる。
- 岩本解説者に「糸井君はなにを考えているのかわからない!」といわれる。
- 父はトライアスロン選手、母はバレーの国体選手、お爺さんは体育の先生というサラブレッド
- 高校時代から柵越え連発で民家の屋根をよく破壊していた。
- 入団時、用具提供メーカーから手違で外野手用グローブが送られてきていた。
- 他の選手から守備位置を指示されても全く気が付かない
- ファンからのヤジで「ベンチを見ろ!」と言われてようやくベンチからの指示に気がつく
- 大学時代ボコボコに打たれてしまい、ブチ切れた監督が糸井を殴りに来たら、ハイタッチと思い、ハイタッチで返した。
- 08年には怪我でシーズン絶望と言われるが、夏に戦線復帰する。
- 09年には3日で捻挫から復帰する。
- 野手転向の理由は頭が混乱してしまってクイックモーションができなくなったから
- 野手に転向した初日、打った途端に三塁側に走りだした
- 打者に転向して半年かからずに打率.397でイースタン・リーグの月間MVPを獲得する。
- ドラフト後、日本ハムとの会食の感想を聞かれて「エビフライ」
- ヒーローインタビューで、首位を独走してるのに「最後まで諦めずに頑張ります!」
- プロ五年目でスタッフに「右中間ってなんですか?」と聞く
- (代打で出てきて三球三振、記者に待っていた球を聞かれて)「ストライクです」と答える。
- (オールスターの時、記者にセ・リーグで話してみたい人を聞かれて)「えっ!? 自分はセ・リーグのベンチに入るんですか?」
- (09年リーグ優勝を決めた日にインタビューで)「一年間ありがとうございました」とクライマックスシリーズ、日本シリーズを忘れる。
- (12年リーグ優勝を決めた日にインタビューで)日本シリーズへと意気込む、日本シリーズは覚えたが、クライマックスシリーズは理解できなかったらしい
- (これからの目標は?)「 打ったら走ります! 」
- 視力1.5からレーシック手術を受け2.0へと回復
- 外人選手とは英語では話すことはできないが、テレパシーで話すことができる。
- ウルフ選手とは謎の言語で語り合う。
- (奥さんとの馴れ初めを聞かれ)「馴れ初めってなんですか?」
- 敬遠された後、代走が出ると思って一塁まで行かずにベンチに戻ろうとする。後に「ルールひとつおぼえました」この時プロ6年目である。
- 契約更改でハンコを押そうと思ったら、リップクリームだった。
- 「何も考えないでバットを振れ」とアドバイスされ、「何も考えないってなんだっけ?」と悩んでる間に三球三振
- カーブを投げると宣言しておきながら豪速球を投げ、捕手を恐怖のどん底に陥れる
- 「うめぇ!さすが新しくなったどん兵衛は違うぜ!」 しかし、古いやつだった。
- 優勝旗セレモニーで優勝旗を持って、他の選手は「応援ありがとう」とファンにお礼を言う中。糸井選手は「重いです」とファンに報告
- 優勝の手記では「インフルエンザに掛かった時に、もっとうがいをすればよかった」と新聞社に寄稿
- ソフトバンクとの首位争い、見事に勝利して首位を奪還!その後新聞記者に「ソフトバンクは結果どうだった?」と自分が打ち負かしたチームの結果を聞く
- 短冊には「頭がもっとよくなりますように」と書く
- 度々、アウトカウントを間違える。
- 2死からのフライで、全力のタッチアップをする。
- 二死なのにライトフライからレーザービームを投げ、タッチアップ阻止を目論む
- ヒーローインタビューでもアウトカウントを間違える。
- 左中間に抜ける当たりを打った時、一塁を踏み忘れ、途中から戻って一塁を踏んでくる。結果、相手チームは混乱して二塁へは楽々セーフ
- (規則正しい生活とはどのようなものですか?)「夜な夜な・・・」
- 「ファンの方の声援が一番の・・・アレです」
- 電光掲示板に映る自分の打率は見ない、見ると地獄に落ちるから
- レフトポール際に打球が飛んだ時はぼんやり打球の行方を眺めている。全力疾走をしてないとみなされ罰金。日本ハムの罰金の半分以上は糸井さんが払ってる。
- 上記の件について、ファンの前で「ファールかどうかは審判が決めるんだよ」 と公開説教される。
- 観客席から飛んできたビニール袋に視線釘付け、タイムをかけるのを忘れる。解説から「タイムかけろよ」と言われてしまう。
- 小谷野に「同じチームでよかった。敵チームなら何を考えてるのか怖い」と言われる。
- (「日本で一番東にある球団は?」)「ソフトバンクホークス」
- ホームランを打つが気が付かず、三塁まで全力疾走
- ホームランを打ったのに、三塁ヘッドスライディング
- 集合写真では一人だけビジターのユニフォーム
- (世界水泳のバタフライを見て)「アレに出たい!」
- (ファンの少年に質問を受け)「明日、ブログで報告します。」
- アドレナリン満開のホームラン
- 「いきなりビッグチャンスが回ってきて 血管が開きました。 」
- 「糸井じゃない。 I to I(アイ・トゥ・アイ)! 」
- 頭を使い過ぎると、翌日に熱が出る。(例:契約更改)で、翌日のイベントを欠席
- 「規則正しい生活」とフリップに書けなかった。「そ」が難しくて書けなかったという
- (お父さんの職業を聞かれ)「お父さんいます」
- コーチが出すブロックサインがわからない
- とあるコーチは「アイツにはサインを出さなければいい」と語った・・・
- 投手時代は「ノーコンだな!」と言われ。「濃紺じゃないですよ!」とアンダーシャツの色をアピール
- 筋挫傷で登録抹消、最短(ルール上10日)で戻ってきてくださいねといわれるが、5日で戻ってきます!とルールを理解しておらず
- ファン感謝デーのクライマックスシーンでファンと頑張っている所で「お腹すいた」と発言
- ラジオ公開放送で、司会者からファンに「この中にパレードに行った人?」と聞かれ、堂々と手を挙げる。
- 北海道で一番好きな場所は「狸小路」ダッシュもする。
- どん兵衛食べ比べで北海道のどん兵衛を当てる企画。「北海道のどん兵衛は鰹だしが効いてるし」しかし、北海道のどん兵衛は利尻昆布だしだった。
- 1800万円の年俸から6000万円へ!「何か紙もらったけど、よくわからなかった」
- 糸井の打撃センスに大村コーチが「目標は世界中の投手を打つことだ!」と持ち上げられると、「おれ、日本ハムをクビになるんですか?」と聞き返す。
- (オリックス移籍後住む場所が決まっておらず、記者に三宮を提案されると)「じゃあ、おれ姫路に住む!」
- (理由を問われると)「パイオニアになる!」
- 大学時代、糸井に監督がバントの指示を出す時は『バントのポーズ』だった。相手にバレても糸井に理解させるのが第一優先だった。
- 相手に作戦がバレても俊足でセーフになっていた。
- 練習中サボって座っていた糸井に監督が「帰れ!」と怒ったところ、本当に帰ってしまった。
- その後家に帰り、部屋から遠征に向かって走るバスに向かって「頑張れよ〜」と手を降っていた。
- 寮の部屋の天井にはプラネタリウムのようにキラキラ星が光る布がビッシリ貼られていた。
- (大村巌・元日本ハム打撃コーチ)「人の話を聞いているのかわからないし、話が理解できないとワーッと叫んでどこかへ行っちゃうんですよ」
- 口で言っても分からないが、バットを持って指導すると2〜3ヶ月かかるところを10球で理解できてしまった天才
- 高校の野球部に入ってすぐ入院手術、中学の頃から膝の皿が割れていた。
- 高校二年の時にブルペンが痛いと言い出し、すぐに手術
- ジムへ行った帰りに電車で寝過ごして京都まで行ってしまった事がある。
- 大学時代は「糸井起こし係」がいた。8時と8:30の二回起こしに行っていたが起きず。
- 監督自ら糸井を起こしに行っていた事もある。
- 「最近バッティングわからんわ。ホンマ調子悪いねん」→直後に2打席連続ホームラン
- (チームメイトにバケモノと言われて)「俺がバケモンやったら、お前らは天才や。こんだけ野球がウマいんやから。俺、野球ヘタやもん」
- (チームスローガン「速α」の+αは何かと聞かれて)ドヤ顔で「早寝早起き!」
- 寮にいた時は、チームメイトを連れて「鎌ヶ谷の町を守るぞ」と黒塗りのセルシオでドライブしていた
- キャプテンマークに重みは感じますか?→「結構、軽い素材なんで・・・」
- 日本最速を更新する大谷の164キロをタイムリー